その時代のボルトンのホーム バーンデン・パークでキャリアをスタートさせたマカリスターは1973年にボルトンの3部リーグ優勝に貢献すると、翌シーズンに昇格した2部リーグではリーグ最高のディフェンダーとしての地位を得て、1975年2月にトッテナムへの移籍を実現している。
移籍間もない1976‐77シーズンに、トッテナムでのまさかの2部落ちを経験するが、クラブで202試合出場の記録を誇るマカリスターは翌1977‐78シーズンにトップリーグへの返り咲きを実現させる原動力となっている。特に象徴的な瞬間が訪れたのは、1978年4月8日。運命のめぐり合わせにより、マカリスター自らが古巣であるボルトンとの対戦で決勝ゴールを記録している。
その試合は、2部リーグでの残り試合を5つ残し、トッテナムがボルトンと勝ち点で並び得失点差でわずかにリーグ首位に立った状況で迎えた大一番。50097人の観衆が見守ったその試合で、マカリスターは前半35分にダイビング・ヘッドを押し込み、貴重な勝ち点2(当時は勝利で2ポイント)を獲得にトッテナムを導いている。
なお、リーグ・タイトルを争うライバルであったボルトンを倒したトッテナムだが、続くブライトン戦、サンダーランド戦で連敗。しかし、ハル・シティ戦に勝利し、最終節でサウサンプトンに引分けたことでリーグ3位での昇格を決めている。
現在は、オーストラリアのシドニーに住むマカリスター。週末に、2つの古巣クラブの直接対決を控え、ドン・マカリスターがその思いを明かしてくれた。
「あんなゴールを忘れることなどできやしないよ。当時、我々が得点パターンにしていたセットプレーからだった。ジョニー・プラットがコーナーをニア・ポストに送り、グレン・ホドルがそのコースを変えた。ゴール前に私が飛び込んでダイビング・ヘッドとドンピシャ、ってわけさ。最終的には、ボールと一緒に私もネットに突っ込んでいたよ。試合の前の夜に夢に描くようなプレーが現実になったようなものさ。まさにドリームだよ。あんなスーパー・ゴールを決めることができるなんてね。新聞の見出しは『マカリスター 古巣から決勝ゴールを上げる!』となっていた。まさに、その通りだよ。夢が現実となった。あの対戦カードも、試合の重要度も、まさにパーフェクトな舞台さ。あの試合から数試合を経て、我々は得失点差で昇格を決めた。すなわち、私のあの決勝ゴールはとても重要なものだったのさ」
マカリスターの元チームメイトたち、ピーター・リード、ロイ・グリーブス、ポール・ジョーンズ、そしてフランク・ワージントンやサム・アラダイスといった馴染みの名前が、あの試合での対戦相手であるボルトンには含まれていた。そんな旧友たちは、試合後にあの決勝ゴールについて、マカリスターにどのように声を掛けているいたのだろうか。
「もちろん、彼らの機嫌は宜しくなかったね。ピッチの上にひとたび立ったら、そこでベストを尽くす。そして試合が終わったらまた、友に戻るのさ。それがフットボールで最も素敵なことだからね」
その後、トップ・リーグへの昇格を決めたことによりホワイトハート・レーンの情勢は一変していく。キース・バーキンショー監督が、オジー・アルディレスとリッキー・ビラの2人を擁して1980年代前半にFAカップ、UEFAカップを獲得し、再びトッテナムに栄光の時を取り戻す。
マカリスターもその一員として活躍。特に1978‐79からの3シーズンはレギュラーとしてプレー。しかし、その後に負った故障の影響もあって、1981年8月にチャールトンへの移籍を選択している。