ヒュートン キャリアを変えたマンU戦
Check 公式ニュース2009年9月12日
およそ30年前の1979年8月29日。トッテナムのクラブ史に燦然と輝く素晴らしいデビュー戦を飾った男がいる。

その男は、「時が過ぎるのはあっという間だ。昨日のこと、とまでは言わないが、そんな昔のことには思えないね」と当時を振り返っている。

その男の名はクリス・ヒュートン。現在、チャンピオンシップを戦うニューカッスル・ユナイテッドで1軍コーチながら空席となる監督の座を代行しているクリス・ヒュートンが、電話で今回のインタビューに答えてくれた。

フットボールの世界では、チャンスは思わぬところから訪れる。そして、新たな選手の台頭には、必ず別の選手の低迷、離脱、放出が伴っている。

ヒュートンの場合は、ゴードン・スミスがその『別の選手』。1979年2月にアストンビラからトッテナムに加入したサイドバックだ。ゴードンは、1979‐80シーズンの開幕から2試合に出場。しかし、リーグ第3節のストーク・シティ戦でゴードンはハムストリングを負傷。その次に控えるリーグ・カップ第2ラウンド、ホワイトハート・レーンでのマンチェスター・ユナイテッド戦で、ゴードンに代わって出番が回ってきたのがクリス・ヒュートン。それがその後およそ30年続くヒュートンの選手、そしてコーチとしてトッテナムの第一線に立ち続けるすべての始まりだった。

その当時のことを思い出すヒュートンは、「ゴードンにしてみれば辛い思いだっただろう。彼と話したら彼は2試合程度の離脱だと思っていたようだ。でも、私が立派にデビュー戦を戦って、残りのシーズン中全試合をプレーすることになった。あの時点で、私があそこまでやるとは思っていなかっただろうけど、あの試合が私のキャリアを急激に変えていったんだ」と語る。



Chris, 1979 

1979年デビュー当時のヒュートン




それから11年の月日が経過し、ヒュートンは398試合出場を記録。2度のFAカップ、1度のUEFAカップをその間に獲得。さらに1987年のFAカップ決勝を経験している。そしてトッテナムのクラブ史上では、ダニー・ブランチフラワーを上回る12番目の出場記録数をヒュートンは誇っている。

あのマンチェスター・ユナイテッド戦のデビュー戦を振り返るヒュートンは、「デビュー戦を戦う選手の心境ちうのは、動揺が最高潮に達するものさ。でも、私の場合は本当に落ち着いてプレーできた。おそらくゴードンの負傷のために出場していたからだろうね。あの試合で覚えていることは2つ。私がデビュー戦を戦った相手はマンチェスター・ユナイテッドだったこと。そして、もう1つは私の大好きな選手だったスティーブ・コッペルが私の対応した選手だった、ということだ。彼はイングランド代表だったし、大物選手だった。スカイスポーツなんて無い時代で、このような選手を観ることができたのはイングランド代表戦かマッチ・オブ・ザ・デー(BBCのダイジェスト番組)くらいだったけど、コッペルのことは良く知っていた。今のようにどの選手についても広く知れ渡っていたわけではない。大物選手や代表レベルの選手だけが、いつも出演していたのだ」と、デビュー戦が憧れ選手と対峙した一戦だったことを明かしている。

なお、このマンチェスター・ユナイテッド戦は、オズワルド・アルディレスのクロスに合わせたグレン・ホドルの有名なジャンピング・ボレーと、ジョン・プラットのゴールでトッテナムが2‐1で勝利している。






Chris, 2006 

2006年。ヒュートン、トッテナムのコーチ時代





さらにヒュートンは、「自分のパフォーマンスにハッピーだったことも覚えている。グレンのボレーだってしっかり脳裏に焼きついているよ。あんな凄いシュートを誰が忘れられるんだい。だけど、他のことはあんまり記憶に無いね。中には試合の開始から終了するまでの出来事を、こと細かく語る人もいるけど私は無理だ。自分のパフォーマンスのことだけに集中していたし、デビュー戦を立派に戦い抜きたいという気持ちが強かった。あれほど素晴らしい時期は無かったね。私はクラブの素晴らしい時代の始まり共有していた。それからカップ戦の決勝でもプレーしたし、グレンやオジー、リッキー(ビラ)やガース・クロックッス、スティービー・アーチボルトなど、ファンタスティックな選手たちと共に戦うことができたからね。最初に言ったけど、本当に30年も前のこととは思えない。だけど、それから30年もクラブの一員として貢献できたことは心底ありがたいことだと思っている。これからも感謝の気持ちを持ち続けるだろうね」と語り、インタビューを終えている。