現地時間の今夜19時45分(日本時間27時45分)、スパーズのこの夏のプレシーズン最初の親善試合を迎える。その対戦相手は、スパーズのレジェンドでありクラブ歴代最多となる854試合出場の記録を持つスティーブ・ペリマンが、ディレクター・オブ・フットボールを務めるエクセター・シティだ。
1981年、82年のFAカップ連覇の際のスパーズのキャプテンであるペリマンはまず、今回の試合のチケットが完売となっていることについて触れながら、「トッテナム・ホットスパーという偉大なクラブへの大きな敬意を持っている。だけどまぁ、実際のところはこんなプレシーズンの初戦でチケットが売り切れるなんてのはありえないことだよね。ただ、これは我々にとって、ロザラムでの昨シーズンの最終戦以来となるホーム セント・ジェームズ・パークでの一戦だ。その最終戦で我々は自動昇格を決めたわけだから、その功績に対してのチケット完売だとも言えるんだよ。今回のようなプレシーズン・マッチで、満員の観衆が詰め掛けてくれるというのはクラブの努力の賜物とも言えるね」と、自身にとって所縁の強い2チームの対戦について話している。
1986年までスパーズの選手としてプレーしたペリマンは、その後1993年から94年までオズワルド・アルディレス監督のアシスタントとしてスパーズのコーチ陣に参画。それ以降は、日本のファンはご存知の通り清水エスパルスや柏レイソルで指揮を執るなど、監督としてのキャリアを築いていた。
そんなペリマンが、これまでで唯一、自身のクラブの敵としてスパーズと対戦した時の記憶を語っている。現役を退いて間もなくの頃を思い出すペリマンは、「1980年代の後半に私がブレントフォードで監督をしていたとき、テリー・ベナブルスが監督に就任した直後のスパーズとFAカップで対戦した。テリーはチーム状況を確認するための試合として臨んでいたこともあり、そのカップ4回戦は拮抗した展開となった。0-0の引分けに終わったがテリーにとっては選手のチェックのための良い機会となったはずだ。これまで私がトッテナムと対戦したのは、親善試合を入れてもその1度だけ。今回は親善時代だが、2度目の対戦となるね」と貴重な体験を説明している。
先ほどペリマンが説明した通り、エクセターは2シーズン連続で上のリーグへの昇格を決めるという快挙を成し遂げている。しかし、今は上り調子のエクセターだが、2004年に現職であるディレクター・オブ・フットボールに就任した当時について語るペリマンは、「当時は本当に苦悩の連続だったよ。クラブのために何かしようにも、財政的な問題でいつも断念せざるを得なかったからね。どれだけのお金で所属している選手を指導し、強化するか、ということにいつも頭を悩ませていた。他から選手を補強するなんてことはできるわけがなかったんだよ。そういったことが続いていたから憤りを感じていたのは事実なんだが、それでもじっくり時間を掛けて選手たちを育てながら、その成果がチームの結果として現れ、さらにはクラブの発展に繋がっていったときには大きな満足感を得ることができたんだ」と、エクセターでのこれまでを振り返っている。
現在のディレクター・オブ・フットボールという職名について、「どういう意味なのかは分からないけど、私個人の意見としては監督を補佐するのが私の役割だと思っている。クラブの成功にも失敗にも向かい合い、監督が決断する際にはいつも私が助言を与える。特に、厳しい決断を強いられる局面ではね。彼も私に意見を求めてくるし、相談に乗ったら必ず彼とその後の行動を共にするんだ。監督が常に英気に充実していれば、練習グラウンドで選手たちにも良い刺激を与え続けることができる。時に、彼にプレッシャーを掛け、時には彼の味方となりながら、彼ができるだけ良い仕事ができるように努めること。それが私の役目だ」とペリマンは説明してくれた。
最後に、ハリー・レドナップ監督に率いられたスパーズについて、「チームはより逞しくなったように思えるね。コーチ陣は、トップ4を相手にしても結果を出せるようになるまでチームを強化した。あとは、試合に勝利し続けること。そうすれば、きっとさらなる高嶺にたどり着くことができるだろう」とペリマンは語っている。
1981年、82年のFAカップ連覇の際のスパーズのキャプテンであるペリマンはまず、今回の試合のチケットが完売となっていることについて触れながら、「トッテナム・ホットスパーという偉大なクラブへの大きな敬意を持っている。だけどまぁ、実際のところはこんなプレシーズンの初戦でチケットが売り切れるなんてのはありえないことだよね。ただ、これは我々にとって、ロザラムでの昨シーズンの最終戦以来となるホーム セント・ジェームズ・パークでの一戦だ。その最終戦で我々は自動昇格を決めたわけだから、その功績に対してのチケット完売だとも言えるんだよ。今回のようなプレシーズン・マッチで、満員の観衆が詰め掛けてくれるというのはクラブの努力の賜物とも言えるね」と、自身にとって所縁の強い2チームの対戦について話している。
1986年までスパーズの選手としてプレーしたペリマンは、その後1993年から94年までオズワルド・アルディレス監督のアシスタントとしてスパーズのコーチ陣に参画。それ以降は、日本のファンはご存知の通り清水エスパルスや柏レイソルで指揮を執るなど、監督としてのキャリアを築いていた。
そんなペリマンが、これまでで唯一、自身のクラブの敵としてスパーズと対戦した時の記憶を語っている。現役を退いて間もなくの頃を思い出すペリマンは、「1980年代の後半に私がブレントフォードで監督をしていたとき、テリー・ベナブルスが監督に就任した直後のスパーズとFAカップで対戦した。テリーはチーム状況を確認するための試合として臨んでいたこともあり、そのカップ4回戦は拮抗した展開となった。0-0の引分けに終わったがテリーにとっては選手のチェックのための良い機会となったはずだ。これまで私がトッテナムと対戦したのは、親善試合を入れてもその1度だけ。今回は親善時代だが、2度目の対戦となるね」と貴重な体験を説明している。
先ほどペリマンが説明した通り、エクセターは2シーズン連続で上のリーグへの昇格を決めるという快挙を成し遂げている。しかし、今は上り調子のエクセターだが、2004年に現職であるディレクター・オブ・フットボールに就任した当時について語るペリマンは、「当時は本当に苦悩の連続だったよ。クラブのために何かしようにも、財政的な問題でいつも断念せざるを得なかったからね。どれだけのお金で所属している選手を指導し、強化するか、ということにいつも頭を悩ませていた。他から選手を補強するなんてことはできるわけがなかったんだよ。そういったことが続いていたから憤りを感じていたのは事実なんだが、それでもじっくり時間を掛けて選手たちを育てながら、その成果がチームの結果として現れ、さらにはクラブの発展に繋がっていったときには大きな満足感を得ることができたんだ」と、エクセターでのこれまでを振り返っている。
現在のディレクター・オブ・フットボールという職名について、「どういう意味なのかは分からないけど、私個人の意見としては監督を補佐するのが私の役割だと思っている。クラブの成功にも失敗にも向かい合い、監督が決断する際にはいつも私が助言を与える。特に、厳しい決断を強いられる局面ではね。彼も私に意見を求めてくるし、相談に乗ったら必ず彼とその後の行動を共にするんだ。監督が常に英気に充実していれば、練習グラウンドで選手たちにも良い刺激を与え続けることができる。時に、彼にプレッシャーを掛け、時には彼の味方となりながら、彼ができるだけ良い仕事ができるように努めること。それが私の役目だ」とペリマンは説明してくれた。
最後に、ハリー・レドナップ監督に率いられたスパーズについて、「チームはより逞しくなったように思えるね。コーチ陣は、トップ4を相手にしても結果を出せるようになるまでチームを強化した。あとは、試合に勝利し続けること。そうすれば、きっとさらなる高嶺にたどり着くことができるだろう」とペリマンは語っている。